TOP >> 技術指導の紹介 >> キックボクシング 高知西高校




 7歳の頃、父に連れられてジムに行ったのがキックボクシングとの出逢いです。小学校3年生になってから試合に出場する機会が増えましたが、一度も勝つことができませんでした。練習が嫌になることもしょっちゅうでしたが、いつも励ましてくれる家族や道場の仲間のお陰でやり続けることができました。5年生の夏に大きな大会に出場することが決まりました。本気で練習に打ち込んだ結果ようやく手に入れた初勝利。一度勝ったことで自信が付き、その後はタイトルを総なめ。中学生になってからは大阪の大会で2連覇を成し遂げました。
 中学卒業後の進路は西高校に行くことを決めました。受験勉強に明け暮れ、ボクシングはしばらくお預け。なんとか入試に合格しましたが、進学後に臨んだボクシングの復帰戦はあえなく敗退してしまいました。それ以来、死にもの狂いで練習してプロテストに合格。念願のプロライセンスを手に入れました。
 プロになるとウエイト制限が厳しく、試合のたびに61キロある体重を55キロまで落とさないといけません。食事量は1/4。冬でも室温30度の道場でひたすら汗を絞り出し、試合前日は口を濡らす程度にしか水分を摂りません。もともと病弱で体を動かすことも苦手でしたが、今では腹筋がバキバキになり血管が浮き上がります。性格も変わり、目立ちたくて仕方がない性分になってしまいました(笑)。現在の戦績は3戦して2勝1敗。キックボクシングは私の生きがいです。勉強との両立は大変ですが、どちらも自分で選んだことなので手は抜きません。塾通いしながらボクシングを続けていきます。




 18歳の時からキックボクサーとして活動し、道場を開いてから23年になります。柾樹君がキックボクシングを始めた頃は、母親に引きずられながら通っていました。やらされ感いっぱいでフニャフニャ。完全に脱力状態。ついたキャッチフレーズは「脱力少年」です。当時を知っている人はみんな「お母さんが偉かった」と口を揃えて言います。あの頃の柾樹を、よく諦めずに送り迎えしてくれた。ぬいぐるみを運んで来ているような状態でしたから(笑)。妹と弟もキックボクシングをやっていますが、その刺激も成長に繋がったと思います。どんどん強くなる二人に兄として負けていられないですからね。